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Mentor’s Eye 中嶋 淳氏 メッセージ

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 ■第10回「グッとくるオープンイノベーション事例:シティバンクとタンデムコンピュータ」   [2014/04/21メルマガ配信]
 アーキタイプ株式会社
 代表取締役/マネジングパートナー 中嶋 淳氏
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 2006年から ICT領域で世界に打ってでる気概のある起業家支援と、大企業におけるイノベーション創出支援を行う事業を営んでいるアーキタイプ株式会社の中嶋です。
 何故、スタートアップと大企業が組むべきかという思い。自分自身起業して創業支援投資と大企業向けコンサルティングをしてきたかの背景。いわば「原型(アーキタイプ)」であるシティバンクとタンデムコンピュータの事例についてご紹介したいと思います。

1:シティバンクのATM構想:24時間稼働させろ!

 今では誰もが通常使うATMですが、歴史を紐解くと1967年にイギリスのジョン・シェパード=バロンが何時でも紙幣をおろせるセルフサービスマシンを構想し、バークレイズ銀行ロンドン北部支店に設置されたのが最初と言われています。アメリカでは70年代にシティバンクのCEOだったウォルター・リストンが最も早くATMの可能性を模索しました。大量の金融取引をリアルタイム処理するために信頼性が高く、稼働中にも修理が可能でデータが失われない、そんな強固なサーバが当然必要になるのですが、当時のサーバではなくメインフレーム市場はIBMが独占しており、そんなハードウェアは存在していなかったのです。
 そんな中、MIT卒業の入社数年目の若者ジョン・リードがATMプロジェクトを指揮することになり、リードは手始めにProof of Concept作りに着手します。ATM本体は当時既に普及し始めていたクレジットカードと同じプラスチックカードを利用し、カードを入れれば残高が分かり紙幣を引き落としできる所までは実装できたのですが、サーバ(メインフレーム)側が保守を頻繁に行う必要がある為、リストンCEOのリクエストだった24時間稼働はとても実現できない状況でした。日夜、課題解決に悩んでいたリードがたまたま読んでいた雑誌に「フォルトトレラント・コンピュータ」という無停止コンピュータの記事が掲載されたのは、すごい偶然でした。そのコンピュータはタンデムコンピューターズという1974年創業のバリバリのスタートアップのプロダクトだったのですが、「24時間可動せい!」というキツイ指示に悩んだリードは藁にもすがる気持ちでタンデム社にコンタクトし、実際に1号機を1976年5月に購入し、同社の技術に勝負をかけた訳です。

2:レッドオーシャン市場に破壊的イノベーションを作ったタンデム社

 タンデムコンピュータはHP出身のジェームズ・トレイビックによって創業されています。既にHP時代にフォルトトレラントコンピュータの構想を持っていたのですがHPでは全く事業化できない事が分かった為、同社を退社し、HPでの上司トム・パーキンスが仲間と1972年に立ち上げたベンチャーキャピタルのKPCB(クライナー・パーキンス・コーフィルド・バイヤーズ)に合流し、タンデム社の事業計画を書き上げました。KPCBはまずは5万ドルのシード投資を実行します。
 コンピュータメーカの事業計画ですから、当然相当額の資金調達が必要になります。KPCBも当時はまだ設立直後で、今や伝説のキャピタリストのトム・パーキンスも、スノーモービルに投資をして大コケしたりしたこともあり、他のVCにシンジゲーションを相談するべく全米行脚せざるを得ませんでした。しかしメインフレームの巨人IBMが制圧する市場に新規参入するタンデム社の可能性を信じるVCはほとんど見つからず、結局KPCBがリスクを取り単独で1.5百万ドルを出資するしか無かったのです(その後、他VCからも1.5百万ドル調達しています。)。
 タンデム社はシティバンクへの導入実績をきっかけに成長の狼煙を掲げ、銀行や証券といった金融機関に次々と攻略、1977には株式公開し、最終的には1997年に約30億ドルの株式交換でコンパック社が吸収合併をしています。

3:ディスコブームと“Citi never sleeps”

 「これで24時間稼働できるぞ!」と勢いづきATM本体の製造とサーバの設置をするリードですが、支店では導入されると人員削減されるという恐れから支店長が店頭でロックアウトするなんて事態がおこりつつも、渋々設置が進みます。強行に導入を進めた背景として、リストンCEOは、当時ニューヨークのナイトシーンでおこりつつあったディスコブームがもたらすライフスタイルの変化に着目していたのです。夜遅くまで踊りながら仲良くなる男女が、もう一件はしごする時にいつでも現金が引き落としできるシティバンクのATMは絶対に受けるだろうと。
 このディスコブームは70年代後半に爆発的成長をとげ、1977年4月の巨大ディスコ「Studio 54」の出現と同年12月に公開された映画「サタデー・ナイト・フィーバー」でピークに達し、朝まで遊びまくる若者が多数発生し、彼等のニーズに応えるべくシティバンクは有名なマーケティングスローガン「Citi never sleeps」を全面に打ち出し、世界初の24時間ATMを使えるという利便性を強調し、顧客獲得を劇的に進めていったのです。

4:オープンイノベーションに賭けたプレイヤー達

 誰も投資しないシビアな市場に参入する起業家を支援したトム・パーキンス率いるKPCBはその後、ベンチャーキャピタルとしては最も成功した会社の一つとして、コンパック・ネットスケープ・アマゾン・グーグルとIT産業屈指のスタートアップを支えてきています。
 CEO直轄の重要プロジェクトにスタートアップの製品起用を決めたジョン・リードは、その後1984年にシティバンクのCEOにまで上り詰め、同社を米国最大の銀行・世界最大のクレジットカード発行体に成長させています。
 タンデムコンピュータは前述の通り、コンパックに買収され、そのコンパックもタンデム創業者のトレイビックがかつて働いていたHPに2002年に242億ドルで買収されています。

  • 大企業の成長の躍進を支えた、破壊的イノベーションを目指したスタートアップ。
  • それを支えたベンチャーキャピタリストと大企業ながらもスタートアップのプロダクトを起用した社員のその後。
  • そして自分が起業した会社が最終的に古巣に買収される。

 アメリカにおけるオープンイノベーションとそれに賭けたプレイヤー達の成功を目の当たりにし、何故、日本ではこういうストーリーがあまり見受けられないのだろう?という課題意識がアーキタイプを創業した一つの切っ掛けです。
 ここまでご一読された大企業の皆様におかれましては、自社成長の鍵として是非スタートアップの新たな試みに共感・賛同・協力・採用・買収いただければ幸いです。

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