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Mentor’s Eye 山下 隆氏 メッセージ

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 ■第11回「ある公認会計士の株式公開業務」                         [2014/05/19メルマガ配信]
 有限責任あずさ監査法人
 パートナー公認会計士 山下 隆氏 
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1.はじめに

 公認会計士として監査法人に30年以上も勤務してきました。元々は、大企業の監査をするつもりで大手監査法人に就職したのですが、その殆どの時間を中堅・中小企業、ベンチャー企業の経営者の方々、従業員の方々と過ごしてまいりました。まさかこのような会計士人生を歩むことになろうとは思いもよりませんでしたが、振り返ってみると、ずいぶんと恵まれた時間を過ごしてきたな、と感じています。

2. 株式公開の流れ

 日本における新規株式公開が本格化したのは、1983年(昭和58年)に日本証券業協会の店頭有価証券市場の活性化が図られたとき以降です。その頃、東証2部に新規上場するには、経常利益20億円と上場審査のためにトラック1台分の資料が必要と言われる程のハードルの高さでした。丁度、団塊の世代の方々が30歳代後半に入り社会での影響力を大きくしていた頃で、日本国内には、東証上場レベルには達しないものの経常利益10億円程度の有力な会社が数多くあり、そうした会社が店頭登録(現在のJASDAQ市場)や地方証券取引所を目指しました。そして新規に上場した会社の多くは、製造業にしても、小売業にしても公募増資により集めた資金を設備投資に回して更なる成長を目指しました。この頃に上場した会社には、株式会社しまむら(昭和63年東証2部)や株式会社ヤマダ電機(平成元年店頭登録)等があります。
 その後、1991年(平成3年)バブル崩壊とともに株価は低迷を余儀なくされました。株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)が94年(平成6年)に上場(広島証券取引所)していますが、新規株式公開は精彩を欠くものとなります。それが、99年(平成11年)に始まる、いわゆるITバブルにより新規株式公開は大きく色合いを変えることになります。99年11月には東証マザーズが創設され、その他にも大阪、名古屋、札幌、福岡の各証券取引所に新興市場が用意されて、上場基準の緩和とともに成長性を重視し実績が十分でないベンチャー企業にも株式上場の道が拓かれました。
 ITバブルは00年(平成12年)には崩壊しますが、この時期にソフトバンク株式会社(平成10年東証1部)、楽天株式会社(平成12年店頭登録)が上場しています。 ITバブルの崩壊とともに景気は後退しますが、米国における長期にわたる金融緩和により住宅バブルが発生します。しかし、それも08年(平成20年)のリーマンショックとともに日本国内では不動産業を中心とした上場企業の倒産、株式市場の低迷により新規株式公開社数は大幅に減少しました。現在は、その数が回復途上にある時期といえるのかもしれません。

3. 後悔したこと

 証券市場が良い時、悪い時を短い期間で繰り返す中で、私の気持ちも時とともに移り変わりました。当初は、純粋に自分が担当した会社を上場会社にふさわしい会社にしなければという思いで、会社の方々とともに経営管理体制の構築に知恵を絞っていました。そして、自分の担当した会社が上場することを夢見て、数多くの会社を上場させたいと考えた時期もありました。また、経営者とともにいろいろな局面で悩むこともありました。
 そうした時を経て、技術力が高く収益性も高い開発型メーカーの上場のためのショートレビューを終えたとき、その講評の席で「最終的には社長を中心とした経営者の方々の判断に従いますが、御社は株式公開をしないほうが良いかもしれない」と社長に話す会計士がいました。「株式公開は手段であって目的ではない」と言われます。しかし、この会社では、株式公開そのものが目的になっていると感じました。何故ならば、株主構成の脆弱さが資本政策の立案にあたり障害になること、さらには会社の資金状況や事業の特徴から上場する必要性がないと判断したからです。
 この会社は、私の言葉を受け入れて株式公開を断念しましたが、1年後に「どうしても株式公開をしたい」との社長の願いを受けて、私は責任者の一人としてこの会社の株式公開のための監査業務に従事しました。そして、社長の希望どおり3年の時を経てこの会社は上場しました。当初は予期したとおり株主問題で苦労しましたが、業績はまずまずで、大きな問題もなく時は過ぎる筈でした。それが2年程たったある日、社長の口から突然に「上場するんじゃなかった」という言葉が出てきました。何を今更という思いとともに、株式公開について社長ともっと話し合っておけば良かったという後悔の念が交錯した記憶があります。

4. 私の財産

 株式上場を果たすには運とエネルギーが必要です。上場を維持するには忍耐力と誠実性が必要です。上場を廃止するにはエネルギーと信念が必要です。そして、この一連の行動を人々に正しく理解して頂くためには、人々と共有できる価値観が重要です。人は人との繋がりのなかで、忍耐力も信念も誠実さも学び、エネルギーとともにそれらを会得することができるような気がします。また、感謝の気持を大切にすると人との繋がりは大きくなり、更にいろいろなことを学ぶチャンスを得るとともに運を呼び寄せることもできるようです。
 今、私が仲良くお付き合いをさせて頂いている方々には、上場企業の方々とともに上場を諦めた方々も数多くいらっしゃいます。不思議なことに、かつては互いに目を吊り上げて喧々諤々と議論した方々と戦友のような仲になっています。きっと、立場の違いこそあれ会社の将来を実りの大きなものにするため、全てをさらけ出して真剣に議論をした末に互いを認め合い、価値観を共有できたお陰ではないかと感じています。公認会計士として株式公開業務に従事してきた私の財産は、株式公開を実現した会社の数や会社の規模などではなく、こうした方々と巡り合えた人と人との繋がりであると確信しています。

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