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Mentor’s Eye 保科 剛氏 メッセージ

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■第12回 「Beyond 2020 ~ 未来を創ろう ~」                         [2014/06/16メルマガ配信]
日本ユニシス株式会社
最高技術責任者 保科 剛氏
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昨今、クラウド、モバイル、ソーシャル、ビッグデータなどに注目が集まっています。一方、ICT領域の歴史を振り返ると、大きなパラダイムシフトが繰り返されてきました。自ら新たなパラダイムを創造する、誰かが創ったパラダイムで工夫する、大きく二つの挑戦があると思います。

【1】 ICT領域の変遷 

世界初の商用コンピューターをご存知ですか。インターネットなどと同様に、コンピューターも、当初は軍事・研究目的で開発し利用されていました。そのような中、1951年にレミントンランド社(現ユニシス)が、世界初の商用コンピューターUNIVAC  Iを発売しました。およそ60年前のことです。
1960年代、70年代、最初のICT領域は「企業」の生産性を向上することでした。オンライン化が進み、どこでもお金が下ろせるようになり、どこでもチケットを申し込み買えるようになり、あらゆる産業に瞬く間に広がっていきました。
1980年代、90年代、新たなICT領域として「個人」の生産性向上が加わりました。文書作成にワープロを使うようになり、郵便やFAXの代わりに電子メイルを使うようになりました。オンライン化され蓄積されたデータを、データベースから切り出し、表計算ソフトウェアを使って様々な分析をするようになりました。
2000年代、10年代、ICT領域は「社会」へと広がります。「社会」とはソーシャル・イノベーション、ソーシャル・メディア、ソーシャル・ネットワークなどのことです。情報社会、情報経済という言葉が普通に使われ、ICT前提で社会の再構築が進んでいます。グーグルのエリック・シュミット氏が、「ITが先にあれば、自動車は人が運転するようには作られなかっただろう」と言っていました。ICT前提の社会を分かりやすく伝えていると思います。音楽、書籍、ゲームなどのコンシューマーアプリケーションから始まり、今はビジネスアプリケーションも「アプリ」です。
2000年の初め、インターネット接続人口は2億人程度でしたが、今は23億人を超えたと言われています。 また、医療、教育、農業、都市、エネルギーなど「社会」インフラもICT前提で再構築が進んでいます。

【2】 技術と産業構造の変遷

次に、ICT領域の変遷に、ICT分野の技術と産業構造の変遷を重ねてみましょう。
第一のパラダイムにおける中心的な技術はメインフレームでした。冷房のきいた専用の大きな部屋を用意しなければならないぐらいの巨大な装置で、それぞれのメーカーが「垂直統合」型で全てを自営する産業構造でした。
第二のパラダイムにおける中心的な技術はパーソナルコンピューター(PCサーバーを含む)です。ICTに魅せられた人たちが自分たちが思う存分使えるコンピューターが欲しいとイノベーションを引き起こします。チップメーカー、セットメーカー、OSベンダー、アプリケーションベンダーなどが分業し切磋琢磨する「水平分業」に産業構造が変わり、価格が劇的に下がりました。
第三のパラダイムにおける中心的な技術はクラウドです。産業構造は、ICT産業に留まらず、音楽、書籍から始まり、社会基盤事業者などの異業種がICTを前提に新事業・新社会基盤を共創する「エコシステム(生態系)」へと変わって行きます。
史実を辿りながらパラダイムの変遷を見ているといくつか気付きがあります。それぞれのパラダイムの中心となった技術が商用化された年です。メインフレームが商用化されたのは1951年、パーソナルコンピューターの中核となるマイクロプロセッサーが商用化されたのが1971年、クラウドの中核となるインターネットとWWWが利用できるようになったのが1991年です。CIX ( Commercial Internet eXchange ) によってインターネットが自由に使えるようになり、CERNで開発されていたWWW ( World WideWeb ) がリリースされました。なんと、これも20年周期です。2011年には何があったかと思う次第です。
また、イノベーションに関わってきた著名な人たちの誕生日が1955年前後にひしめいています。グーグルのエリック・シュミット、マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルのスティーブ・ジョブス、URL、HTTP、HTMLそして最初のWWWを開発したティム・バーナーズリーらは皆、1955年生まれです。前後に、サンマイクロシステムズのスコット・マクネリが1954年生まれ、マイクロソフトのスティーブ・バルマーが1956年生まれです。次に活躍する人たちはいつ頃生まれの人たちでしょう。

【3】 ファーストムーバー

最初のパラダイムシフトは、メインフレームからパーソナルコンピューターです。この時のファーストムーバーは、1975年設立のマイクロソフト、1976年設立のアップル、1977年設立のオラクルらです。領域、技術、産業構造など新たなパラダイムを創り出し、玉座を得ました。それまで玉座にいたメインフレームを製造していた企業の多くが死滅しました。残った企業は、ITサービス産業へと変化した企業だけです。1988年に同業種の2社を統合してサービス産業にトランスフォームしたユニシスと、1993年に異業種からCEOを迎えてサービス産業にトランスフォームしたIBMでした。
次のパラダイムシフトは、パーソナルコンピューターからクラウドです。エリック・シュミット氏が2006年に「クラウド」を提唱した時、ネットワーク側に配備されるコンピューティングとデータばかりでなく、Web、電話、テレビやこれから登場するであろうすべてのデバイスからのアクセスを含めて包括的にクラウドと言っていた事がポイントだと思います。サーバー統合や仮想化とは別の概念でありパラダイムシフトだったのです。1994年設立のアマゾン、1998年設立のグーグル、2004年設立のフェースブックらが、ファーストムーバーでした。ファーストムーバーは、今回も領域、技術、産業構造など広範なルールチェンジを仕掛け、玉座を得ます。
今年のCESで、チップメーカーの王者はPCチップからペリフェラルやエッジのチップへ、ネットワーク機器の王者はPCネットワークからペリフェラルやエッジのネットワークにトランスフォームすることを宣言していました。最近社長が変わったソフトウェアの王者も、デバイス&サービスにトランスフォームすると言っています。加えて、ファーストムーバーの会社設立は、シフトの5年ほど前からシフトの年に集中していたことがわかります。
一方、既存の企業で生き残るのは大きなトランスフォーメーションを実行できた企業だけです。ダーウィンの法則、『唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である』がここでも成り立っているようです。生き残る既存企業がトランスフォーメーションを始めるのはシフト後10~15年に集中しています。

【4】 Beyond 2020

色々な捉え方があると思いますが、ICT領域は20年周期で大きくシフトしているように考えられます。その考え方を延長すると、次のパラダイムシフトのタイミングは2020年です。2014年をむかえた今、新たな挑戦をするときに、今のパラダイムの中で考えるか、次のパラダイムをイメージし視界にいれて考えるか、更には次のパラダイムの創出に積極的に関わりつつ新たな挑戦を考えるか、得られる果実に差が出てくると思います。
『失敗の本質』、『知識創造企業』の著者である野中郁次郎氏が『時間軸や空間軸を広く、深く見渡し、事象の関係性を洞察する質の高い構想力が必要とされる。すなわちそれは現在から過去を再構成し、未来を想像する行為であり、それこそが「歴史的構想力」といってよい。』と言っています。また、『シンプルな戦略』の著者である山梨広一氏は、『環境の最新情報を集めたとしても、自分たちにとって、あるいはこの戦いにおいてどういう意味があるのか。そこで的確な洞察ができるかどうか。洞察は人によってそれぞれ違う。より深くより新しい洞察をした人が勝ちに近づくということかもしれない。情報の分析や理解でややこしいのは、洞察によって見えるか見えないかは、個人や組織の能力やスキルに左右されることだ。』と言っています。
 2020年はもうすぐです!

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