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株式会社ShuR 代表取締役 大木 洵人 氏 ~平成24年度情報通信ベンチャービジネスプラン発表会 発表企業~

124x158px 大木氏

<氏名> 大木 洵人氏
<社名> 株式会社ShuR
<役職> 代表取締役
<設立> 2009年11月
<資本金> 400万円
<URL> http://shur.jp

 シュアールは、2008年に創業した慶應義塾大学発の学生ベンチャー企業です。ICT技術を用いた聴覚障がい者向けサービスを数多く提供し、聴覚障がい者の生活向上を目指しています。提供しているサービスには、世界初の手話オンライン辞典事業(SLinto Dictionaryスリント辞書)、手話に対応したビデオチャット(テレビ電話)を利用した通訳システムを構築し、利用者(障がい者)の依頼に応じて、コールセンターに待機している手話通訳者が、パソコンやタブレットPC、スマートフォンなどを通して遠隔で手話通訳を行うことが可能な遠隔手話通訳事業(モバイルサイン)、日本初の手話ポッドキャスト事業や手話ガイドアプリ事業などを提供しています。

1.初めに

 第15回(平成24年度)NICT情報通信ベンチャービジネスプラン発表会で、慶應藤沢イノベーションビレッジ(SFC-IV)からの推薦を受けて、『SLinto』プロジェクト(「ソーシャル」×「ICTクラウド」×「手話」)の世界的展開をテーマにビジネスプランの発表が行われました。 聴覚障がい者と聴者が本当の意味で対等な世の中を目指し、豊富なアイデアと実行力で、新サービスを次々に展開しています。 世界初の手話キーボード搭載型クラウド型オンライン辞典SLinto Dictionary(スリント辞書)を発案・開発し、世界の人々を対象に手話の標準化の一歩につながる「場」を創造しています。ICTを駆使して聴覚障がい者の生活向上、更には社会進出に寄与するビジネスモデルの実現を目指しています。

2.【手話との出会い】

(聞き手)2008年11月、大木さんが大学2年の時に起業されて現在25歳ですが、わずか5年足らずで、手話にまつわるたくさんの事業を立ち上げられています。若くして、社会の課題を解決するテーマでの事業の立ち上げ実現されていますが、手話との出会いについてお聞かせいただけますか?

(大木氏)実は大学で手話を学び始めるまで、聴覚障がい者に出会った事はありませんでした。中学2年の時、テレビ番組で手話を始めて見た時、「なんて美しいんだろう」と、その表現力に感動したことがすべての始まりでした。ただ、だからと言って、すぐに手話を学ぶ環境があったわけではありませんでした。その頃は、戦場カメラマンになりたくて、写真に明け暮れる毎日でした。 豊かな日本と言う国にいると気づかない紛争地での現実、中でも兵士が一般市民に銃を向けている写真を見た時、同じ時代に別の国ではこのような事実があると知り、衝撃を受けました。そして将来は「広まっていない事実を伝えたい」と考えていました。

(聞き手)現在の手話の仕事も現在の社会の課題を解決する仕事と言えますね。昨年にはTEDxTokyo2012にもスピーカーとして登壇されていますし、アショカ・フェロー*では東アジア地区初で選ばれ、世界経済フォーラムGSCメンバー、さらには2012年版Forbes 30Under30にも選ばれています。海外からの注目もとても高いようです。

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3.【学年最下位の語学力から、米国留学で得たもの】

(大木氏) 戦場カメラマンを目指していた頃、ジャーナリズムや米国政治、英語を学びたいと考えて、高校3年生の時に、ミシガンにあるClarenceville High Schoolに約1年留学しました。留学前の英語の成績は、全学年中で最下位でした。留学当初は、成績がつけられないと言われるほどでしたが、テストや授業が終わった後も無制限に時間をもらって、別室で勉強を続けていましたが、それ以上に語学力が身についた大きな要因はスポーツを通してたくさんの友人が出来た事でした。留学後すぐに、サッカー部に入り、その後は27人の女性の中で、唯一ひとりだけ男性と言う構成で、チアリーディングもやっていました。もともと日本で応援団にいたことを知ったチアの先生からスカウトされて、入部したのですが、とても楽しかったです。このチームではミシガン州で12位になった記録もあるのです! 最後は無事に首席で卒業する事が出来ました。

(聞き手) とても充実した留学生活を送られたようですが、同時に苦手を克服する貴重な経験を積まれたようです。学生時代に培われた語学力が、現在のプレゼン力に生かされているのでしょうか?

(大木氏) 留学は祖父の死や日本での受験もあったので、10ヶ月足らずで終えましたが、最初の4~5ヶ月くらいは言葉の壁は大きく、とても厳しかったです。英語で夢を見始めるようになったのは7~8ヶ月目頃の事でした。その頃には英語で考えて、英語でしゃべる事ができるようになっていました。
当時はスピーチのコースを取っていたのですが、今考えるとその授業がとても役に立っていると思います。半年間学んだのですが、セールストークやコントなどを毎週1本、約20人のネイティブのクラスメートの前で、ショートスピーチから10分くらいのロングスピーチまで、1人~2人で行っていました。人前で話すのは得意な方で、片言の英語でしたが友達のネタで、クラスメートを誰よりも笑わせることが出来たと思います(笑)。当時は校内の人気コンテストで1位のKINGに選ばれたこともありましたが、留学生と言うことで問題になったこともあるくらいです(笑) 。
 その頃の経験からか、なぜか本番ではうまくいく!と、信じているのです。

(聞き手)異文化や異なった環境にも慣れるのが早くて、本番に強いのですね!その行動力が、今のシュアールグループ躍進の原動力にもなっているようです。留学後は、どのような道に進もうと考えていたのでしょうか?

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4.【知見を広げるために入った大学での挑戦】

(大木氏)写真に没頭していた頃は、日本大学芸術学部に進学したいと考えていました。高校入学のお祝いには、デジタル一眼レフカメラのニコンD100を当時30万ほどで、両親に買ってもらって、スポーツ写真を撮っていましたから本格的です。写真雑誌「CAPA」には毎月、自分の撮った写真が掲載されていましたし、現在の慶應義塾大学短期留学募集のポスターの写真にも採用して頂きました。また小学5年生の頃にPCを買ってもらって、両親の仕事のHPを大学3年頃まで制作していましたのでICTにもとても関心がありました。
 Clarenceville High Schoolから帰国してすぐ、写真の腕を試したくて、写真甲子園*に留学時代に撮りためた写真で応募しました。しかし、関東の決勝大会で敗れたことで、カメラマンが自分には向いていないと感じて諦めることにしました。写真は中学2年から約6年間ずっと没頭して、高崎高校時代には自分で写真部まで作り、更には米国まで学びに行ったのに、と言う思いでした。

(聞き手)留学は、視野を大きく広げ、その後の考え方や生き方を大きく変える転機となったのですね。

(大木氏)はい、高校時代の留学があまりにも楽しかったので、第一志望は、留学しやすい大学であると言う事と、東京以外のキャンパスを選びたくて、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)を目指しました。周りの友人はみんな東京に憧れていたのですが、天邪鬼だったので、あえて東京以外の大学を目指して約6ヶ月受験勉強をして、入学しました。慶應義塾大学SFCは、入ってから専攻が決められる仕組みでしたので、韓国語・生物学・外交・経営・プログラミング・イギリス中世史など幅広く授業を取り、サークルにも参加しました。最初は視野を広げるために様々な科目を専攻していましたが、秋学期では、経営1本に絞ることにしました。
 大学1年生の時にはイギリスのオックスフォード大学と韓国のソウル大学、2年生ではスタンフォード大学などにも短期留学しました。
スタンフォード大学では、グーグルとシスコシステムズ本社に見学に行く機会がありましたが、この経験が自分にとっては大きな衝撃でした。
ほんの10年~15年ほど前には無かったグーグルが、今や世界で知らない人のいない大企業に成長していることを目の当たりにして、経営の面白さや魅力に惹きつけられたのです。スタンフォード大学には8月に留学しましたが、その年の11月には、結果としてそれまであたためてきたビジネスモデルを形にするべく、シュアールを起業しました。

5.【手話を通して見えたもの・シュアール起業への道 】

(聞き手)報道写真を見たときのリアリティをビジネスの世界でもシリコンバレーで、実感されたのですね。日本国内での聴覚障がい者数は約35万人以上とも言われていますが、そのマーケットについてはどのようにお考えですか?

(大木氏) 日本には手話を母語とする聴覚障がい者が8万人住んでおり、障害者手帳を持つ聴覚障がい者は36万5千人いると言われています。手話への興味は中学時代からありましたが、手話を学び始めたのは写真をあきらめた後で、熱中できることを探していた大学1年の時でした。偶然友人から「手話をやりたい」と相談されたのが始まりでした。
 再び手話への思いが大きくなり、これまでの自分の思いと重なり、サークルを立ち上げました。そして手話の世界へとのめり込んでいったのです。その直後、偶然にもNHKテレビの紅白番組で一青窈さんの楽曲の手話のパフォーマンスをメンバーでする機会を頂きました。反響は大きく、日本全国から、手話の出演依頼を頂いたり、映像制作のご相談を頂いて、とても驚きました。その経験から手話によるエンターテイメントの少なさに気づく事となり、シュアールの前身となる学生ボランティア団体、学生団体リンクサイン*を設立し、手話のバラエティー番組制作を始めました。

(聞き手) 高校時代の写真部の立ち上げ、そして大学時代の手話サークルの立ち上げと、やりたいことを常に実現されて継続されています。手話サークルがシュアールの原型だったのでしょうか?

(大木氏) 聴覚障がい者と一緒に活動を進める中で、手話環境を取り巻く、より複雑な問題に気付きました。同時に、ボランティアで行う活動の限界を痛感し、より専門的に活動を行うために、ビジネスの手法を用いてこれらの問題と向き合う必要性を感じました。その学生団体を取り込む形で立ち上げたのが現在のシュアールです。「手話」を「Regular」にしたいとの思いから社名を「ShuR」シュアールと名づけました。

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6.【FaBo Labは知的好奇心を形にする場所】

(聞き手)起業当時から今までの5年間継続して開発を続けてこられたクラウド型オンライン手話辞典SLinto Dictionary(スリント辞書)への思いをお聞かせいただけますか?

(大木氏)和英辞典はあるのに、英和辞典はない世界を想像してみてください。英語を勉強したくても、英語から日本語を調べることができる辞典がなければ、とても不便です。実はこれまで、手話の世界では、それが普通のことでした。日本語など話し言葉の意味から手話を引く辞典はあっても、手話から意味を引くことのできる辞典は存在しなかったのです。このチャレンジの目的は、独自に開発した手話を入力することのできるキーボードを使い、手話から話し言葉の意味を引ける辞典「SLinto」を実現することだと思うのです。

 SLintoは、Sign Language Intoから造った造語です。 SLintoは、ただのオンライン辞典ではなく、みんなで参加して作ることができる辞典です。自分の手話を録画してアップロードしたり、Wikipediaのように編集したりFacebookのようにシェアしたりすることができる今までにない新しいコンセプトを持った仕組みになります。ITの力で手話をもっと身近に、使いやすくしていこうという挑戦です。

 SLintoは、手の形と位置から手話を検索する手話キーボードです。この方法は、手話を構成する『位置』、『形』、『方向』、『動作』のうち、位置と形のみから、手話を絞り込み検索する方法です。最後は実際に動画を見ながら自分が調べたい手話を調べることができます。SLintoはいよいよ7月中に、リリースの予定です。

(聞き手) 楽しみですね!キーボードの絵は、とても分かりやすくてかわいいです。このキーボードなら手話初心者の私にも楽しく使えそうです。

438x264px SLinto 写真 

7.【Tech For the Deaf(技術を聴覚障がい者のために)】

(聞き手) 現在の事業内容について教えてください。

(大木氏)  事業の柱は大きく4つあります。

(1)遠隔手話通訳(モバイルサイン) 
 ビデオチャットを利用した手話通訳事業。リアルタイムで手話の遠隔通訳が受けられるサービスで、自治体やホテルや駅などの受付や案内所で利用されています。

 また、障がい者雇用の現場や代理電話などでも利用されています。子どもが夜中に熱を出しても119番ができない、110番も出来ないという、命にかかわるような問題があると言う事を知ることになり、その解決策として生まれた発想が「遠隔手話通訳」で、その発展系として生まれたのが『テルテルコンシェルジュ』です。

 テルテルコンシェルジュでは、手話に英語や中国語、韓国語のサービスとセットで販売しており、現在受付用として350箇所ほどに導入されています。ほかには企業の手話コールセンター代行や、聴覚障がい者の雇用者向けの手話通訳サービスも予定より早く提供を開始しています。

(2)SLinto Dictionary(スリント辞書) 世界初の手話キーボード搭載型クラウド型オンライン辞典。ウィキペディアの手話版辞書のようなもので、スリントキーボードで手話表現を入力すると、音声言語のことばがわかる仕組みになっています。簡単に手話が検索できるようになったり、日本の手話を外国語の手話に直接翻訳したりできるようになります。

(3)Shuwide(シュワイド)。日本初の手話による観光案内アプリ 観光地や美術館、博物館などでよく見かける添乗員さん等による音声ガイドの代わりになる手話の動画によるガイドアプリです。事前に収録をしてアプリにしているので、いつでも好きな時に手話によるガイドを受けることができます。

(4)手話Pod Channel 手話によるエンターテイメント番組。旅番組やバラエティー番組をPod Castにて無料で配信中です。

(聞き手) シュアールの提供する「手話ビジネス」は、既存のテクノロジーやサービスを組み合わせた新しいアイデアによるものが多く、聴覚障がい者の方々の生活が格段に豊かになるのかもしれませんね。現在のシュアールの体制とビジョンについて教えてください。

(大木氏)現在社員は11人ですが、私自身を含めてシュアールグループに所属する全てのスタッフが厚生労働省認定の手話通訳士試験に合格し、手話通訳士資格を取得し、運営しています。手話は生きた言語なので、弊社では新しく生まれた言葉や新商品名の手話も私達のサイト(SLinto Dictionary)の中で作ることが出来ますので、ぜひ企業ブランドイメージを上げる為にも使ってほしいと思います。今後は営業や広告の担当者も増やしていきたいと考えていますし、拠点も今年度中に増やす計画です。

 私達のビジョンは、『Tech For the Deaf(技術を聴覚障がい者のために)』。システム会社やアプリ開発会社など様々な会社と連携して、テクノロジーとちょっとしたアイデアと手話のノウハウで、聴覚障がい者の生活を変えたいのです。

 「耳が聞こえない」がために夢や目標を諦める事のない社会。聴者も聴覚障がい者も、多様な選択肢を同じように与えられた「対等」な社会を創りたいと考えています。また、手話通訳者が通訳の仕事だけで生活できる社会を目指していきたいと思います。

8.【取材後記】

 「よそもの、馬鹿もの、若モノだから、できることがある」と、話す大木さん。自分と違う能力や、言語、文化、価値観を持つ人たちに、決して恐れることなく飛び込み、溶け込む大木さんは、手話も器用に使いこなされます。そんな大木さんには、人一倍強い観察眼が備わっているように感じられました。良い部分も悪い部分も、客観的に見つめる洞察力は、立場の違う人たちをつなぐ力の源泉にもなっているようです。

 統計によると、世界にいる7000万人のろう者のうち、教育を受けることができるのは20%にすぎません。世界中のろう者が、日常生活では手話をつかっていますが、手話で教育を受けることができるのは、1%の子供たちだけとも言われています*。手話のキーボードができれば、ろう者の教育の世界もそして雇用の在り方も劇的に変わる日が近いのかもしれません。

【参考資料】
*アショカ・フェロー・・・革新的なアイデアをもとに活動を始めた初期段階におり、アショカから3年間の初期投資を受けて間もなく、国家の政策や国を超えて影響を及ぼす可能性が非常に高い社会起業家。
*写真甲子園・・・http://syakou.jp/
*学生団体リンクサイン・・・http://linksign.org/
*出展:世界ろう連盟の基礎情報

◆平成24年度情報通信ベンチャービジネスプラン発表会のリンク先
http://www.venture.nict.go.jp/event/bp2012/report

◆Japan IT Week2013春 第3回スマートフォン
モバイルEXPONICT出展の展示会でのシュアール映像取材の様子
NetRushTV http://www.netrush.jp/chiiki20130519.html

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