トップ > 連載・コラム > 注目のベンチャー紹介 > 株式会社 しくみデザイン  代...

next pre up

株式会社 しくみデザイン  代表取締役  中村 俊介 氏   <平成25年度 起業家万博 発表企業>

言葉を越えた世界共通ミュージックアプリ - KAGURA for PerC 開発秘話

 

1. 初めに
2. 【世界一を受賞したKAGURAの魅力】
3. 【体験することで意味のあるものを作りたい】
4. 【メディアアートは“CADを作る”ことからはじまった】
5. 【運を味方にする】
6. 【自分でないとできないもので勝負する】
7. 【生み出される作品の数々】
8. 【デジタルを面白がる】
9. 取材後記    / 【参考資料】

shikumi01

shikumi02

 

1.初めに

 今回ご紹介する株式会社しくみデザインは、「みんなを笑顔にするしくみをデザインする」、理念の元、2005年2月に中村俊介氏により設立された、社員数9名(2014年5月現在)のベンチャー企業です。

 「起業家万博」での中村氏のプレゼンは、来場者の人たちを一瞬で「笑顔」にする魅力にあふれていました。会場では、何にも触れずに体を動かすだけで演奏できる新世代楽器「KAGURA for PerC」が、披露されました。一度でも「KAGURA」の演奏と音に触れると、独特な音楽の世界に包まれ、「私も演奏して楽しみたい!」という気持ちになります。新しい時代の音作りの世界への誘いともいえる体験がそこにはありました。

 平成25年度 NICT 主催「起業家万博」で来場者からの投票によるオーディエンス賞に輝いた、福岡発の株式会社しくみデザイン、代表取締役/CEO 中村 俊介さん(芸術工学博士) にお話しをお聞きしました。
                                                                  ↑ top

2.【世界一を受賞したKAGURAの魅力】

(聞き手) 独自技術で開発された新世代の楽器アプリケーション「KAGURA for PerC」は、華々しい受賞歴の数々です。米Intel社主催の「Intel(R) Perceptual Computing Challenge」* では、2014年にグランプリを受賞され、今回の起業家万博への出場につながる、福岡ビジネス・デジタル・コンテンツ賞2014においても大賞を受賞、九州地区を代表して、起業家万博の出場権を得られるNICT賞、審査員の方々による特別賞、そして今回の起業家万博で傍聴している方々の投票によるオーディエンス賞を受賞されています。近年のものだけでなく、これまでの受賞歴の数々を拝見すると、まるで周りの人から評価される「しくみ」をお持ちのようです。

(中村氏) 今回の起業家万博ではプレゼンしている最中から、見ている方々の笑顔や、どよめく声など参加者のみなさんの反響が直に自分に伝わってきて、「これは行ける!」と、思いました。また、「Intel(R) Perceptual Computing Challenge」は、全世界16カ国から約2,800作品の応募があったそうですが、プレゼンなどの機会はなく、純粋にアイデア(企画書)とアプリケーションのみをインテル社の社員が試して最優秀作品が選ばれたそうです。

(聞き手) アプリそのものだけで、審査員に選ばれたということですか? 使う人(審査員)の直感で自由に使えて楽しめる、あらたな体験を表現されたのですね。

(中村氏) 「KAGURA for PerC」を試した社員は、このアプリでずっと遊んでいて、なかなか離れなかったと聞いています。それこそ、数時間ではなく、1日以上、夢中になった人もいたようです。このアプリに魅力を感じてもらえて、とても嬉しく思います。

(聞き手) 「KAGURA for PerC」の特徴を教えてください。

(中村氏) 距離を検出できる深度カメラを利用することで、人の動きやジェスチャーなどを見分けて自在に楽器を奏でることができるというものです。ただ動くだけでも、ちゃんとした音楽になり、狙って動けば思いどおりの演奏も可能な、幅広い人が楽しめる楽器です。

 開発にあたっては、近距離深度カメラの特性をフルに活かし、これじゃなければ体験できないユーザー体験をデザインし、動きやジェスチャーをナチュラルに認識できる「新しい演奏感・操作感」を実現しました。

(聞き手) 誰もが、とにかく演奏してみたい! と夢中になりそうです。

(中村氏) 実はこれまで、いくつかの賞をいただいていますが、どれも賞を取るために、徹底的に戦略を立てて作品を作り、応募してきました。たとえば、過去の受賞作品をリサーチし、審査員はどんな人で、どんな作品が好まれるかなど。自分のやりたいことや作りたい技術だけでは、伝わらないと思うので、相手の求めているもの・ターゲットに近づけて作品を制作すると、必ずうまく行くと信じています。

(聞き手) 誰かに評価されるためには、まずは相手を知ることが大事なのですね。相手の目で自分の作るものを見ることは、簡単なようで、とても難しいことのように思います。同時に、中村さんご自身が、お仕事をとても楽しんでいる様子が印象的ですが、人が楽しいと感じるものには、国境がないのかもしれません。

 ところで、中村さんのプレゼンは、とても印象的です。聴衆者の表情や声・雰囲気がリアルタイムでわかる場所だからでしょうか、起業家万博でプレゼンされている中村さんは、とても楽しそうでしたし、会場が一体になっていたようでした。

(中村氏) プレゼンはとても得意です。 大切にしているのはインタラクティブであること、それは「打てば響く」ということでもあります。これはプレゼンだけでなく、ものづくりにおいても技術開発する上でもいえることです。

 

shikumi06

shikumi07

shikumi08

 

                                                                  ↑ top

3.【体験することで意味のあるものを作りたい】

(聞き手) 起業の経緯を教えていただけますか。

(中村氏) もともと会社をどうしても作りたいとは思っていませんでした。名古屋大学建築学科を卒業後、九州芸術工科大学大学院(現・九州大学芸術工学研究院)に進んで、芸術工学博士を取得。その頃は、現在の作品にもつながるメディアアートを制作しながら、コンペなどにも作品を出展していたのですが、周りの反響が想像以上に良くて、特許を取ったりしながら制作活動を続けていました。

 そんな中、ビジネスプランコンテストに出場しないかとお声がけいただいたことがきっかけで、会社を作ることになりました。今から10年ほど前のことになりますが、コンテストで福岡県ヤングベンチャー育成支援事業に採択されて、補助金をいただくことになり、後には引けなくなったのです(笑)。

 大学院卒業後は、九州工業大学のヒューマンライフIT開発センター立ち上げのための講師を担当していましたが、その翌年の2005年2月に、上述の補助金をいただくことがきっかけで、有限会社しくみデザインを設立することになりました。会社立ち上げから約4年間は、大学の講師の仕事と会社を掛け持ちしていました。

(聞き手) どうしても起業したいという思いが無かった中村さんが、会社を作り、ビジネスの世界へと加速されていったのは、どうしてなのでしょう?

(中村氏) 自分が作ったものを周りの人から思った以上に評価してもらったことが、一番大きな要因です。当時はメディアアートとして作品を作っていましたが、自分としては、アーティストになるのは、ちょっと違うかな・・・と思っていました。美術館に作品を置いて専門家に見てもらうだけでなく、できるだけたくさんの人に広く見てもらい、体験してもらいたいと考えた結果、ビジネス化した方が良いと考えるようになったのです。そして運良く、周りに協力者もいて、大学院の後輩たちと一緒に会社を作りましたが、気がついたら会社ができていたという感じです。

(聞き手) 流れに自然にのって、起業されたのですね。大学院の頃に、制作していた作品は、どのようなものだったのですか?

(中村氏) 現在発表している作品の原点になるものを作っていました。カメラの前で体を動かして演奏する作品を作ったり、動きを音楽に変えたり、絵を音に変えたり、さらには音を別の音に変えたりと。メディアアートですが、ただ見せるだけの作品ではなく、別の人が介在して、体験することで意味のあるものを作りたいと、制作活動を行っていました。

その頃、作ったものの中で、自分でも一番面白くて、当時、最初に賞をいただいたのが、体を動かして演奏するインスタレーションでした。10年以上前のものなので、コンピュータ処理の速度は今よりもずっと遅かったですが、“神様が楽しい”と書いて「神楽」KAGURAと命名したのですが、それが今の新世代楽器「KAGURA for PerC」につながっています。

(聞き手) 独自技術「KAGURA」とカメラなどのデバイスを使った、参加型コンテンツシステムの誕生ですね!
                                                                  ↑ top

4.【メディアアートは“CADを作る”ことからはじまった】

(聞き手) 芸術表現をデジタルで実現するためのノウハウはどのようにして、身につけられたのですか?

(中村氏) 名古屋大学で建築学部に通っていた頃は、デザインや設計をしていたのですが、この頃、CAD* を作るバイトをやっていました。そこは、2×4 (ツーバイフォー)* のCADを作るソフトウェアハウスでした。

(聞き手) CADを使うのではなく、CADそのものを作るお仕事ですか?

(中村氏) はい。CADのソフトを作っていました。バイトしていたのはWindows95が出た直後の1996年~1997年頃でした。それまではDOSプログラムで、文字ベースのプログラムを書くCUI (Character User Interface)というやり方が一般的でしたが、ちょうどWindows95が出てきてOS (オペレーティングシステム)そのものが変わり、GUI (Graphical User Interface)でプログラムを書くという、大きな変化が起こったタイミングでした。それまでプログラマーとして、知識があった人も含めて、全員が初心者のプログラマーとして基礎から学ばなければならなかったのです。

 そんな時代背景でしたので、社員のみなさんも、みんな同じスタートラインに立つことになりました。ラッキーなことに、ウィンドウズのプログラミングの考え方を教えてくれる先生が、バイト先の社員の方々のために来られていたのですが、私も同時に勉強をさせてもらうことになりました。そこで、学生の立場でしたが、せっかく勉強したなら、1か所パートを受け持ってソフトを作るようにと言われたのです。2×4工法の場合、基礎・土台・床・壁・屋根などのパーツがあるのですが、その中では負担の軽そうな、土台の部分をひとりで作ることになりました。

(聞き手) CADソフトの一部をひとりで作ることになったのですか!

(中村氏) そうです。ただ、みんな初心者でしたので、先生に基礎となる部分を作っていただいて、それだけでは動かないので、それぞれの部分を社員みんなが各自で作って、1つのCADとして組み合わせるという工程を行っていました。学部の3年から4年の頃のことでした。
大学の授業では建築学科で普通に図面を描いたり、設計をしていたのですが、バイト先でCADを作ることの方が、自分にとっては刺激があって、どんどん面白くなっていったのです。結果として、建築にそのまま進むことを辞めることになりました。方向を変えたことで、一年浪人したのですが、その期間は、学費を稼ごうと考えて、それまでのバイトを続けることにしました。

 当時CADを作るために覚えたプログラムは、絵(図面)を描くためのプログラムだったので、画面に文字を表示させるだけの単純なことができないという、とても偏った知識でしたが、この仕事のおかげでプログラムができるようになりました。実は私自身は、プログラムの基礎はまったくなかったのですが、知識がなかっただけに、変な拘りがなく、先生にも可愛がってもらえ、吸収も早かったのかもしれません。

 その頃の建築の図面は、手描きが基本だったのですが、いち早くパソコンでフリーのCADを使って図面を描いて、夜中にバイト先でテスト用のツールを借りて、私だけは大学でCAD図面を提出していました。周りからは「デシタルな人」と思われていたようです。

(聞き手) お給料もいただきながら、ノウハウも習得されて、即戦力につながるプログラムを学ばれたのは、とてもラッキーですね!

shikumi03

                                                                  ↑ top

5.【運を味方にする】

(聞き手) 大学を卒業されてから、大学院に入るまでの一年は、どんなことに挑戦されたのですか?

(中村氏) これまで作ったことの無いCADを作らせてほしいと頼みました。具体的には、図面を引いたら、一気に重量計算ができて、どこにどのくらい力が掛かるのかが分かることでどんな部材を使うかが割り出せるというもので、構造計算できるソフトを作りたいと申し出ました。運良く、会社から作るチャンスを頂いて、約1年かけて作ることになりました。

 ちょうど、姉歯(あねは)建築設計事務所による構造計算の偽造が社会問題になった頃だったので、構造計算は重要だという風潮が自分の進める仕事の追い風にもなりました。このソフトの基本は作ったのですが、自分の先生は意匠デザインが専門なので、構造計算が専門の先生の元で勉強している友人と一緒に、さらに部材レベルまで考えた正確なソフトを作っていたのですが、一年が経ち、大学院に進学することになったので、この取組みは後輩のみなさんに引き継いでバイトを終了しました。

(聞き手) 大学院に転学・転学科するまでの1年間は、一見すると回り道のように思えますが、自分のやるべきことを追い求めて、新しいことにチャレンジできた、夢をかなえるための重要な時間だったのですね。大学院ではどのようなことを研究されていたのですか?

(中村氏) 大学院では、それまでやってきたこととはまったく別の、本来、自分のやりたかった、デザインを勉強し始めました。もともとは、デザイナーになりたかったのです。

(聞き手) どんなデザイナーを目指していたのですか?

(中村氏) 「もの」や絵をデザインして作りたかったのです。グラフィックデザイナー、またはプロデクトデザイナーですね。  

(聞き手) 建築もデザインのジャンルですよね?

(中村氏) そうですが、その頃、建築は、あまりにも大きすぎて、たくさんの人と時間がかかり過ぎると感じていました。最後まで、とにかく自分で、早く作りたかったのです。

(聞き手) 「早く」作り上げたい! というのがポイントですね。

(中村氏) そうです、実はとてもせっかちな性格なのです(笑)。プログラムやグラフィックデザインは、短時間で自分の力で作れるので、グラフィックの道に進みました。若い頃は全部自分でやりたかったのです。今思うと建築デザインもいいなと思うのですが、当時はそうは思えなかったのです。
                                                                  ↑ top

6.【自分でないとできないもので勝負する】

(中村氏) 進みたい道を見つけて、大学院に入ると、それまで自分は絵を描くのが得意だと思っていたのですが、ずっと大学時代からデザインを勉強している人たちは、自分より年下にもかかわらず、みんな絵が上手でショックを受けました。自分は図面も描けるし、空間の把握もできるのですが、自分よりも絵を描くのが上手な人がたくさんいたのです。ただ、プログラミングができて、絵も描けるという人は周りにはいませんでした。負けると分かったから逃げるしかない! と、勝負をしなくても良い、ライバルのいない所に行こうと考えました。基本的には戦いたくないのです(笑)。

(聞き手) 戦わなくても勝てる場所を探せることも、すばらしい能力といえますね。

(中村氏) 絵だけでは勝負したくないですし、プログラミングも偏ったノウハウでしたが、この2つをうまく組み合わせて、自分でないとできないものを作ってみようと考えました。そこで生まれたのが、「KAGURA」だったのです。

 大学院に入ると、学費稼ぎのためにと、コンペを探して賞金を取れないかと考えはじめました。先が決まっていない世界で自分の力を試したいと、「登竜門」* というサイトを使って応募しました。その頃、流行っていたCGやWEB、ムービーは競争率が高いので、そこでは戦わず、公募の数は少なかったのですが、インタラクションのあるもの、メディアアートやパッケージソフトのアートコンペを探して、賞金の高いものを選んで、作品を作って応募していました。だから実は、全然アーティストとはいえないのです(笑)。クライアントがいないと作らないのですから。KAGURAもこの頃に、作りましたが大学院時代は全部で4作品制作して、すべてなんらかの賞をいただきました。

(聞き手) 制作した作品すべて受賞されるのはすごい確率ですが、何か秘訣はあるのですか?

(中村氏) 受賞するために、ターゲットを決めることと、とにかく「自分が」と、自分中心にならないことですね。

(聞き手) クリエイターは個性が強くて、「自分が」そして「我」が強くなりがちだと思っていましたが、相手にあわせて自分の良さを出す、ちょうど良い加減をお持ちなのですね。大学院の時代に作られた受賞作品はどのようなものだったのですか?
                                                                  ↑ top

7. 【生み出される作品の数々】

(中村氏) ひとつめはKAGURAですね。
 (1) 身体を動かして音をならすもの。

二つ目は、
 (2) ペンで絵を描くと、絵のストロークがすべてメロディーになるというもの。

三つ目も音に関するものですが、
 (3) 振動を拾って、音楽に変えるというもので、コンタクトマイク* を使って、コップやテープルにつけて、何でも楽器にしようというものです。

そして四つ目は
 (4) マウスの動きをぐちゃぐちゃにするというもので、マウスを右にしたら、上に動いてゲームができるようなもので、意識を変えるものでした。

(聞き手) とてもユニークですね。今聞いても楽しそうです。応募作品を作るクライアントはどのようなところが多かったのですか?

(中村氏) 企業や自治体などが多かったですね。賞金は全部で200万くらいでしたので、当時の学費や生活費にあてていました。

shikumi04

                                                                  ↑ top

8. 【デジタルを面白がる】

(聞き手) ところで作られた作品で、もっとも表現したかったことはどのようなことですか?

(中村氏) 「体験そのものを変えたい」と、考えました。たとえば、絵を描くという行為が、実は演奏していましたなど。

(聞き手) 描く、叩く、踊るなどの体験を変換しているのですか?

(中村氏) はい、体験を変換しています。なぜ音にこだわるかというと、私が楽器の演奏ができないというコンプレックスから来ています。楽器が演奏できる人は、カッコイイな・・・と、思うのです。大学院の時代はパソコンやデジタル製品が一般化する過渡期でした。何が面白いと感じたかというと、絵も音も映像も全部、元を正したら同じデータだと気づいたことでした。入力情報もOnとOffしかなくて、作る人が何もしなくてもデータを勝手に相互変換できるのではないかと感じたのです。その頃、一番変換されていなかったのが、「音」でした。
デジタルで、絵から音楽を作る場合、256色のデータをセンシングして、それぞれの色に音階をつけて音に変えると、音楽ができてしまうのです。

(聞き手) 絵から感じるインスピレーションや感覚は関係ないのですね。

(中村氏) 絵さえ描けると音楽もできるし、音楽ができると絵も描ける! ということなのです。その相互変換で一番わかりやすいのが、絵と音なのです。ここに、デシタルでなければできないこと、つまりインタラクティブ性を加えていきました。マイク・キーボード・マウス・カメラなどの入力デバイスがついているということは、それらの入出力情報で、様々な変換が可能になると考えました。絵や音を生成する「仕組み」だけ作れば、様々な応用ができると考えました。キーボードは文字ですが、文字コードを楽譜に置き換えたら音楽になるし、文字コードを色に置き換えれば絵ができるのです。

(聞き手) ここまで、アートな作品のお話をお聞きしてきましたが、ビジネスの強みと今後のことについてもお伺いしたいと思います。

(中村氏) 主にカメラなどのセンサーを使ったインタラクティブコンテンツの企画・制作、および基本システムの開発を行っています。インタラクティブデジタルサイネージを日本で最初に実用化したことによるノウハウや日本一の実績数、そして他社では考えられないほどのシステム安定性を誇っています。現在はタブレットやスマートフォンといったデバイスを使った、「paintone」というアプリケーションの開発も行っています。

 これまでは、お客様のニーズにこたえるB to B、たとえばサイネージや施設、イベントなどが中心でしたが、今後は自分たちが用意したもので、みんなが楽しめるものを世の中に提供していきたいと思います。

 私たちが作るものは、子供受けするものが多いのです。そもそも私が子供だからなのですが(笑)。それと並行して独身だった社員も大半が、現在では子供がいるので、子供たちの育児が中心の考え方に変わってきています。親が子供の為のおもちゃを簡単に作ることができたり、子供たちが、どういうものがあったら楽しく生きていけるだろうと考えて、誰でもみんなが作品を簡単に作れる環境を用意していきたいと考えています。

 「paintone」アプリをダウンロードした人は誰でも、自分で作ったもので、自分の知らない誰かが遊んだり、誰かが作ったもので自由に遊んだり、、、

 言葉を使わなくても、大人・子供など年齢や国籍に関係なく、作品同志でコミュニケーションができるといいなと思っています。

shikumi05

                                                                  ↑ top

9.取材後記

 会社名のSHIKUMI DESGNは、「しくみ」という日本語を世界に広げたいと、名付けられたそうです。たしかに「しくみ」は、文脈によっていろんな訳し方があります。たとえば、Systemであったり、Architectであったり、さらにはDesignとも訳すことができます。

 中村社長は、「しくみ」についてこう語っていました。

~音がやわらかくて好きな言葉。~

 音にこだわり、論理的な思考で、常に遊び心を刺激する企画やアプリを生み出す中村社長とのインタビューは、彼から生み出される技術同様にとても楽しい時間でした。

 福岡発のグローバル企業によって「しくみ」という言葉の意味が、日本文化とともに世界に伝わり、羽ばたく日が、今から待ち遠しく感じられます。
                                                                  ↑ top

【参考資料】

* インテル(R) Perceptual Computing Challenge ・・・ インテル コーポレーションが提唱している「Perceptual Computing」という概念を普及・展開推進するために行われたコンテストで、次世代の NUI (Natural User Interface:ナチュラルユーザーインターフェイス、直感的な動作で操作可能な仕組みのこと)の開発者の発掘を目的としてインテル コーポレーション主催で全世界を対象に開催。

※Perceptual Computing (パーセプチャル・コンピューティング)とは:コンピュータに対して指を触れる、話しかける、身振り・手振りで意志を伝えるなど、人間にとって自然な振る舞いを通じてコンピュータと対話し、あたかもその場で実体験をしているかのような感覚を作り出すものです。(出典:インテル株式会社)

* CAD ・・・ Computer Aided Design コンピュータによる設計支援

* 2×4 ・・・ ツーバイフォーとは住宅工法の名前で、日本ではこのツーバイフォーとは「枠組壁工法」と正式名称がついています。日本で古くからある工法は柱や梁などの「線」で建物を支えますが、アメリカの2×4工法では壁や床などの「面」で建物を支えます。「面」をかたち作る枠組みに2×4材が多く使われています。

* 登竜門 ・・・ コンテスト情報ポータルサイト http://compe.japandesign.ne.jp/

* コンタクトマイク ・・・ 音源の振動を直接拾うための圧電素子のピックアップ。

◆ 平成25年度情報通信ベンチャービジネスプラン発表会のリンク先
                               http://www.venture.nict.go.jp/unpaku2013/report
 
◆ 起業家万博 プレゼン映像  http://www.nict.go.jp/video/banpaku-2013-12.html
                                                                  ↑ top

 
企業プロフィール
 

 
株式会社しくみデザイン

 
概要

 
 みんなを笑顔にするしくみをデザインする、の理念の元、2005年2月に設立。
社員は9名(2014年5月現在)。
主な事業は、独自技術「KAGURA」とカメラなどのデバイスを使った、参加型
コンテンツシステムの企画・開発・制作や、それらに関連する講演、コンサルティングなど。
さらにタブレットやスマートフォンといったデバイスを使った、「paintone」という
アプリケーションの開発も行っている。
 

 
窓口・情報

 
三木 祥子  Sakiko Miki
Mail: sakiko@shikumi.co.jp
Tel&Fax : 092-474-0153
 
HP: http://www.shikumi.co.jp
Facebook: https://www.facebook.com/shikumi
Twitter: https://twitter.com/SHIKUMI_DESIGN
 
iPhone、iPad無料アプリ「paintone」: 誰でも簡単に「音の鳴る絵」を作ることができるアプリ
公式ページ: http://www.paintone.org/
 Appli: https://itunes.apple.com/jp/app/id892735286
 

next pre up